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Atelier Spike

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チューター

 written by spike 投稿日時:2010/04/08(木) 23:46

になりました。

入学式も終わり、明日から新学期の授業が始まります。
そんな中、僕は「モンゴルからの留学生のチューターをしてみないか?」と先生に勧められて、引き受けることにしたのです。
3月中旬に「卒業設計アジアツアー」と題して中国は北京大学、モンゴルはモンゴル科学技術大学にて卒計の発表をしてきた縁が、早くも巡ってきたという感じ。
学部時代の履修方法は熟知しているのだけれど、留学生の場合は若干の違いがあるため、お昼を食べてからずっと一緒に時間割を考え、履修登録の方法を教え、先生に挨拶に回るなどてんやわんやでした。

でも、正直すごく刺激を受けた。
高校を卒業してからすぐに日本にきて日本の語学学校に通い、そして日本の大学に入学してしまう行動力と決断力はすごいと思った。
中国、モンゴルに行って思ったことの1つに、母国語以外の語学と海外で学ぶor働くということに対する意識の高さがあったから、なおさらでした。
また余計に海外留学への意欲が高まったんで、英語の勉強をせっせとして、来年夏には留学を!!
ってことで、まずはバイトしてお金貯めて夏休みに下見に行こうッと。。。

オリジナリティーについて考えた

 written by spike 投稿日時:2009/11/08(日) 05:47

こんな時間まで卒論を粘ってるとお腹がすいて仕方がないのだけれど、夜9時以降に何か食べると寝起きが悪くなるらしいと聞いて我慢してます。
低血圧でめっちゃくちゃ朝に弱いんです↓もはや病気なのでは。。。

さて、今日はゼミ室にて卒計について語り合う「Sunday night for future」を開催しました!(といっても2人でですがw)
最近論文ばっかなので、少しずつでもいいから卒計のことも考えてみようというコンセプトで始めました。

今日話したのは、「オリジナリティー」について。
卒計のメディア化が騒がれている昨今の建築業界ですが、自分達が思っている以上にオリジナルなものってないのだと思いました。
コンペの入賞作品や色々な学生の設計を見ていると(あまり多く見ているとはいえないけど)、少なからず建築家の誰かの表現が混じっていると思うし(意識的かどうかは別として)。
それはパースに入れる人の絵やフォルムがSANAAのようであったり、窓の開け方が藤本さんのようだったり。
真似することが必ずしも悪いとは思わないし、ある程度標準化(ブランド化?)された表現を用いることで作品の見栄えは一定レベルまで引き上げられるとも思う。
けど、そこには「発見」から「創造」し「建築化」するプロセスが抜けているのだと言うことを自覚しておかなければならないのだと思います。
つまり、コピーのコピーを繰り返したところで劣化することはあっても発展することは希だということ!

ふとしたことからヒントを得ることを「発見」とすると、そこから発想されるルールや形式を「創造」し、それによって「建築化」していくというどのプロセスが抜けても、「オリジナリティー」は発揮されないし、既視感によってその建築の魅力は大きく損なわれてしまう。
逆に、「発見」し「創造」し「建築化」するプロセスを踏めれば、「オリジナリティー」が発揮されることで、その建築は大きな魅力を持つのだと思う。

でもまあ、その「オリジナリティー」を確立するのが大変なことであるがために、目先の〆切に向けてすでにある表現を使ってしまうのだとも思いました。
長期的な設計と短期的(課題など)な設計の両方の観点を持って、日々精進しようと言う感じで今日のSunday night for future」は終わりました。

外が明るくなってきましたが、これからかえって寝ようと思います。。。
おやすみなさ~い

今日で、水と土の芸術祭のスタンプラリーをコンプリートしてきます!!

象徴と消費 ー「鳥の巣」と「ワールドトレードセンター」と「在水一方」

 written by spike 投稿日時:2009/10/11(日) 16:59

 猛威を振るった台風18号もさり、またいつもと変わらぬ日常が戻ってきました。今では、ニュースでその被害に関するレポがちらほらある感じでしょうか。地元茨城県では、土浦の台風による被害がまざまざと映し出されていて、とても人ごととは思えません。


 そんな中、少し考えたことを書きたいと思います。

 現在新潟市では、「日本海政令市にいがた 水と土の芸術祭2009」(*以降、水土)が開催されています。この芸術祭は、新潟市全域を舞台に、70以上の作品が展示されています。ディレクターは、大地の芸術祭でおなじみの北川フラムさんです。

 

 そのなかのひとつに、台湾出身の芸術家・王文志さんの「Water Front 在水一方」という作品があります。信濃川の下流のやすらぎ堤に設置されていて、竹を編んで作られた高さ12mほどの鳥かごのような造形のこの作品、中に入ると竹の間から差し込む柔らかい光に包まれながら子宮の内部のような不思議な感覚を体験することができ、知名度と人気ともにダントツではないでしょうか。

 

 新潟ローカルテレビでも、水土のCMに使われるなど、「水」と「土」という芸術祭のテーマをよく表している象徴的作品でもあります。しかし個人的には、象徴としてCMで繰り返し放映されることによって、芸術祭自体の消費ということを暗示しているように思いました。これは北京オリンピックにおける「鳥の巣」のように、世界経済に大きな影響を与える世界的規模のイベントの象徴として、様々なメディアで消費されていく様子を思い出さずに入られませんでした。


 また、そんな「在水一方」ですが、先日の台風によって崩壊してしまったのです。その様子は台風の威力を物語る象徴として何度もテレビで放映されていました。これは、「ワールドトレードセンター」の崩壊の様子がリアルタイムで、または繰り返し放送されることでその衝撃をありありと伝える象徴として消費されていったことも思い出され、個人的にはこれからの芸術祭に暗い影を落としたように感じました。


 

 皮肉にも「在水一方」は、台風という自然の猛威による作品自体の崩壊によって、「水」と「土」という芸術祭のテーマと、「水」と「土」との闘いという新潟の歴史を、二重の意味で象徴することとなってしまったのです。しかも王さんの故郷台湾は、8月上旬の台風8号よって過去50年間で最悪の被害を受けており、新潟でも募金活動が行われている最中の出来事でした。

 個人的には、この芸術祭について卒論を書いているので思い入れもあり、市民が新潟巡りをしながら気軽に現代アートにふれる機会を与えてくれたその功績は大きいと思います。また、今回の出来事により「水」と「土」というテーマの妥当性が証明されたとも思うので、これからも継続していって欲しいと思います。市民サポーターとしての活動や、卒業研究、募金活動などなにがしかで尽力していきます。


 といったところですが、なにしろ文才というものがあまりない上に、知識としても不十分であるためつぎはぎ感はいなめないですが、書いてみました。ご感想やお叱り、励まし等頂けたら幸いです。

 

そして今、思うこと。

 written by spike 投稿日時:2009/10/09(金) 01:09

  ひっさしぶりの更新というか、半ば忘れかけていた(いつのまにか意識的に忘れようとしてきた?)このブログの存在ですが、じゃなぜ今さら更新するのか…それは去る9月28日、 カルチベートトークに参加したことと、十嵐太郎さんのブログTwisted Column 1720:気がつくと10年 Date: 2009-09-25 (Fri)を読んだことが背景としてあります。 

*(以下、引用)
twisted columnを開始したのが、1999年の9月なので(その前身となる形態もあるのだが)、いつのまにか10年を越えている。あいだにさまざまなブログや日記が登場し、消えていくのも目撃した。ちょっとだけやって一時的に目立つのはそう難しいことではないが、実は続けることが一番大変で、もっとも基礎体力を要する。同人誌『エディフィカーレ』など、文章を発表するようになってからは、15年以上が過ぎた。まわりを見ていると、天才的なセンスがない限り、やはり感性とノリだけでは長く残らない。地味だけれども、これでもう一生飯が食えると、立ち止まることなく、どん欲に勉強を続けることが重要である(僕を含めて、ほとんどの人は天才ではない)。」

まさしく、今の僕の状況を的確に表していると思ったです。

元々、新潟という地方で建築を学んでいる状況に、不満を持っていました。(今思えば、かなり幼稚なのですが)その不満は、やれ有名建築家と触れる機会が少ないだの、やれ周りに建築を学べる大学が少ないから競争がないからダメだの、いわゆるアウト・サイド・イン型パラダイムによるものでした。
そんな中、建築系ラジオを聞き始め、地方でも頑張っている学生団体(SAK)の存在を知り、会いにいったり、今年の3月新潟で開催された『新潟三大学合同卒業設計展Session!』で松田達さんに出会い「日本海最強決定戦」という構想を得て、その実現に向けて色々と動いてきたりしてきました(来年の2月末に、Session!2010が開催されます!!)。
松田さんと建築系ラジオの存在は、インターネットとその種々のデヴァイスやツールの発展により、誰しもがメディアを持ち発言できるという、地方の学生に希望を与える物でした。
しかし、それまで建築に対して燃え上がっていた炎が、3月のJIA北関東甲信越「学生課題設計コンクール」2009』への出展により、燃料不足に陥ってしまったようでした。不完全燃焼状態は、つい最近までしばらく続きました。まあ、今思うと単に現実逃避だったのでしょう。)

そんな中、先月行われたカルチベートトークに参加して、久しぶりに松田さんにお会いして、原点(正確にはそうではないが)に還ったような気がしたのです。それは、相変わらず地道(?)に建築系ラジオという活動をしておられる姿を目の当たりにしたからでしょうか。
そして極めつけは、先ほど挙げた五十嵐さんのブログ。基礎体力の不足という言葉に象徴されるように、結局はまだ何も蓄積がないにも関わらず、少し建築をかじっただけで知ったような気でいただけだったのだと思います。五十嵐さんに言わせれば、たかだか大学や大学院の間建築を学んだだけでで調子に乗るな、ということなのでしょう。(ただし、それを長年続けてみろというメッセージでもあるように思いました。)

という、反省からのブログのリスタートというわけです!!
カルチベートトークでも、中谷正人さんがおっしゃっていたようにどんなメディアも継続することでそれなりの力を持つ」ということは、確かだと思います。(ただし、中谷さんの発言は、多分にネガティヴな意味を含んでいたように思います。つまり、建築系ラジオの山田さんの僕達は手弁当でやっているわけで、それはブログのような私的なメディアの延長であり、批評をする気があるわけではない」という発言に対するものだったと思います。
別に力を持ちたいからやるわけではないですが、この先長く続けていくことでなにかこのブログから生まれていけば幸いだと思います。

ただ、他の学生のブログを見ていて思うのは、(僕自身、批評的だということ自体への理解不足が否めないですが…)批評的に書いたことで妙なナルシズムに浸ってしまっているもの(例えば「こたつ問題」への無自覚な欠席裁判の反復で満足しているブログ)、もしくは自己肯定的な発言が多いものへは、個人的に好意を抱けないので、極力そうしたことにならないようにしていこうと思います。
…でも今日だけは、許してくださいな。。。

P.S.なんど途中でアップするのやめようと思ったか分かりませんwww


 

ROUNDABOUT JOURNAL vol.8レビュー

 written by spike 投稿日時:2009/05/28(木) 16:01

 先週水曜日にroundabout journalのブログを見て、ROUNDABOUT JOURNAL vol.8配布協力者の募集をしている事を知り、すぐさまメールを送った。すると次の日の木曜日には、僕の手元に送られてきた。そのスピード感は爽快である。以前からその存在は知ってはいたが、手にするのは初めてだ。地方で建築を学んでいる身としては、東京発の建築のムーブメントにリアルタイムで参加できているような気がして、気持ちの高揚を抑えきれなかったし、すぐさま大学内にて配布をして回った。

 さて、前置きはこの程度にして本題のレビュー。


地方への議論の広がり、メディアヒエラルキーの裏側で

 まずは、ざっと誌面全体に目を通して気になったのが、各コンテンツのはじめに日本地図(迫慶一郎氏のINTERVIEWは中国地図)とともに取材場所がプロットしてあったことだ。こうした出版物の場合、コンテンツの最後に取材場所と日付が書いてある事はよくあるが、なぜわざわざビジュアル化したのだろうかと疑問に思った。しかし全部読み終えた頃には、東京だけでなく地方においても刺激的な議論が行われたことの意味を強く感じている事が伝わってきた。それは、藤村龍至氏の「議論の場を求めているのはメディアがあふれ、チャンスにあふれた東京よりも、東京以外の地方の同世代の読者だということが分かった。そこで僕達は東京以外の同世代の建築家たちと議論を試み、新たな議論の流れを仕掛けることにした。」の言葉からもわかる。

 

 「メディアを介してしか社会と関われない巨大都市・東京の建築家」という言葉からは、メディアヒエラルキーの新たな側面が見えたような気がする。それというのも、一般に書籍などのメディアによる情報発信は東京発地方着という状況を地方が嘆くことはあっても、それによって東京が不利になることは考えもしなかったからだ。TEAM ROUNDABOUTのメンバーには、東京を拠点として活動をするなかでの違和感があったからこそ、地方の議論の場への渇望に気付く事ができたのではないだろうか。私達の立ち上げた新潟学生建築サークル「Shin」も地方で活動をしていくからこそ、発信していくことの必要性を強く感じている。ただ一方的に情報を受け取る状況を嘆く、もしくは傍観するのではなく、主体的にその状況にコミットし環境を変えようとするTEAM ROUNDABOUTの姿勢は共感を禁じ得ないし、これからの展開を考えると期待に胸が躍る思いだ。

 また、今までの一連の言説空間を生成しようとする活動の特徴的な例が、こうした地方での配布協力者募集とレビューへのリンクであろう。ブロゴスフィアによってその言説空間をより拡大しようとするのはもちろんだが、そこにあえて「地方から募集」としているのは、コンテンツのはじめの地図とも関連するが、言説空間の広がりを現実世界へプロットすることによってより直感的に感じれるようにしているのだと思う。

 

最後に、このような機会を与えてくださった藤村龍至氏をはじめTEAM ROUNDABOUTの皆さんに感謝の言葉を。ありがとうございました。

 


 

 


 


 

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